ハーブティーの香りが漂う『新宿メンタルクリニック』の待合室。
由紀がため息を吐きつつ見つめている先には、由紀の淹れたハーブティーを楽しむ、『紫頭巾』のオカマたち4人がいた。
テーブルには数え切れないほどの写真が所狭しと並べられ、写真の中から美しいウェディングドレス姿の麻子が幸せ一杯の微笑みかけている。
「キレイだったわねぇ、麻子さん」
ウットリと夢見るようにマルコが言う。頭の中には自分のドレス姿が浮んでいるようで、架空のドレスのすそを持ち上げ、リリィと一緒にワルツを踊るように待合室を一周している。
ダンボは自分の映りがいい写真を探しながら、「やっぱり結婚式っていいわぁ・・・。心が洗われるってこのことね」と、麻子と並んで映る自分の姿に満足げだ。
サツキはハーブティーを一口飲み、うらやましそうにダンボに言った。
「いろいろあったけど、女の幸せはやっぱり結婚よねぇ」
「同感よ、ママ! 麻子さん本当に幸せそうだったものね」
「きっと先生のあの言葉が、麻子さんの幸せを作ったんだわ」
「14番目の月になろうなんて、本当にいいこと言うわよねぇ先生」
目をハート型にさせ、サツキがウンウンと勢いよくうなずく。
「ちょっと、どうしてそれを知ってるんです?」
なぜこのオカマたちは、そのことを知ってるのだろうかと由紀は疑問に思った。
忘れもしない約1年前のあの日。
麻子の壮絶としか言いようのない過去を、彼女の口から聞いてしまったあの日。
確かにあの場所にはオカマたちはいなかったはずだ。まさか待合室の入り口で立ち聞きでもしていたんじゃないだろうか。確かにこいつらならやっていてもおかしくはない。
「まさかあの時、立ち聞きしてたんじゃないでしょうね」
「いやぁねぇ。そういう発想をすること事態、品性が下劣ってことの証明よね」
ニヤニヤ笑いながらダンボが言った。ムッとしながら由紀が聞く。
「じゃあどうして知ってるんです?」
「あたしたち、理沙さんとすんごく仲良しなの。理沙さんの結婚式にだってお呼ばれしたんだから」
「そうなんですか?!」
由紀は驚き、いつの間にそれほどの仲になったのだろうかと考えた。
「そうよ。理沙さんは、私たちが聞けば何でも教えてくれるのよ。ねぇママ」
「ええ。麻子さんのことでうちにお礼にいらした時、ちょっと飲んでいただいて、意識が朦朧としたそのあとで、根掘り葉掘り聞いたのよ」
「普段あまり飲まないって言ってたから、ちょろいもんだったわね」
「そのあと、リリィちゃんが催眠術もかけてなかった?」
マルコが尊敬の眼差しをリリィに送る。
「そうなの! 最近催眠術もやるようになったから、ちょっと理沙さんで試してみたわ。あんなにすんなりかかるなんて自分でも驚いちゃった。やっぱりあたしって天才かも!」
「それって、すでに犯罪の域に達してると思うんですけどね」
ダンボは麻子の写真をつまみ、ひらひらと由紀の前にチラつかせながら言った。
「やぁねぇそのいい草。あたしたちはワザワザ結婚式の写真を持ってきてあげたんじゃないの。やっぱり独り身の女は刺々しくなるって本当なのねぇ」
「余計なお世話です。あなたたちだって独り身じゃないですか」
「あたしたちはこれからですもの。ねぇ、ママ?」
「その通りよ、ダンボちゃん。失恋に一番効くのは新しい恋愛だって、ことわざにもあるものね」
「いいこと言うわぁママ。本当にその通りよ。だって・・・ねぇ」
ダンボとサツキの視線が診察室へと注がれると、由紀は2人を小馬鹿にしたように笑い、意味ありげに言った。
「いいですか、それ飲んだらさっさと帰ってくださいね。ああそれから、野村さんの後釜を狙ってるんだとしたら、それこそお門違いですから」
その言い方にイヤな予感を感じたマルコは、「何それ。どういうこと?」と由紀に食いついた。
由紀はマルコの反応を見ると満足げな笑みを浮かべ、上機嫌でこう言った。
「あら、先生からお聞きなってません? 先生今度お見合いするんです。失恋に一番効くのは新しい恋愛だって、ことわざにもあるんでしたね」
「ちょっと、何それ! 全然聞いてないわよ!」
「いつよ! いつなの? 言いなさいよ」
「どこの女よ。妨害してやる!」
思ってもみなかった展開に、オカマたちは蜂の巣をつついたような騒ぎを見せ、我先にと話しはじめた。由紀の周りを取り囲み、全てを白状しろとうるさく攻め立てる。しかし由紀は全く動じる気配も見せず、愉快でたまらないといった笑顔を浮かべて黙っていた。
実は『14番目の月』話に感激したのは、なにもオカマたちばかりではなかった。又聞きでさえあれほどオカマたちをウットリさせたのだから、実際に話を聞いていた由紀が何も感じないはずがない。すぐさま付き合っていた彼氏に別れを告げ、今は陽平を一番近い場所から狙っているのだ。当然陽平の見合い話も、オカマたちを煙に巻くためのまるっきりのでまかせだった。
由紀はライバルたちを大恐慌に陥れた自分の言動に満足しきりで、ゆったりとソファに腰をかけ、テーブルの上の写真を一枚つまみあげた。
そこに映っていたのは、幸せ一杯の輝くほどの微笑を浮かべる麻子と、彼女と腕を組み、誇らしげに微笑むタキシード姿の武藤という男性だった。
由紀はニヤッと笑い、心の中でつぶやいた。
「先生のことは私に任せて、野村さんはこの人と、思う存分幸せになってください!」
2009年05月05日
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