2009年03月01日

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 『新宿メンタルクリニック』の受付の電話が鳴った時、陽平はちょうど午前の診察を終えてちょっとした休みを取っていた。
 陽平が『紫頭巾』で麻子の話を聞いてから、すでに2ヶ月近くが経つ。最近麻子からの連絡が途絶え、全く会えない日々が続いている。早く麻子の診察をしなくてはと気ばかり焦るが、何もできないまま時間だけが過ぎていった。

「もしもしお待たせいたしました。『新宿メンタルクリニック』です」
 由紀が電話に出ると、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
「あの・・・私、野村理沙と申します。・・・岩田先生はいらっしゃいますか?」
「はい。少々お待ち下さい」
 野村・・・そういえば最近野村さん来てないなぁと思いながら、由紀は電話の保留ボタンを押し、診察室に繋がる室内インターフォンの受話器を持ち上げた。
「先生、野村理沙さんという方から、2番にお電話です」
「野村、理沙?」
「そうですけど」
「なんか聞いたことあるなぁ。野村理沙、野村理沙・・・野村・・・理沙?!」
 受話器の向こうから、陽平の焦ったような息づかいが聞こえてきた。
「わっわかった。すぐ出る!」
 ガチャ! っとインターフォンが切られた。そのあまりにも唐突で乱暴な音に、由紀は怪訝そうに受話器を見つめ、首を傾げた。

 野村理沙って、麻子の妹じゃないか!
 診察室で陽平はひとり焦っていた。
 どうしてここがわかったんだろう。麻子が教えたのか? いや・・・麻子がセックス依存症になったことと、妹のことは少なからず関係がある。妹という言葉にすら過剰反応していた麻子が、理沙にここを教えるとは思えない。じゃあどうして???
 何がなんだかわからないままに、陽平は電話の保留ボタンを押した。
「もしもしお電話代わりました。岩田です」
「あの・・・野村理沙と申します。野村麻子の妹です。突然お電話してしまって申し訳ありません。いつも姉がお世話になっています」
「理沙ちゃん、久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
 受話器の向こうから、理沙の戸惑ったような声がした。
「えっ・・・?」
「・・・目が見えるようになったんだってね。お姉さんに聞いたよ。それから結婚式、もうすぐなんだって? おめでとう」
「・・・姉はそんなことを岩田さんに?」
「僕とお姉さんは中学時代の同級生なんだ。理沙ちゃんのことも、昔何度も見かけたことあるんだよ」
「そう・・・ですか」
「で、今日はどうしたの?」
「あの・・・岩田さん、私と会っていただけないでしょうか。できたら結婚式より前に会っていただきたいんです。無理でしょうか?」
 切羽詰ったような理沙の声。麻子と理沙がだいぶ長い間会っていないことは、この前純也から聞いていた。純也も理沙も、その原因がわからないと言っていた。しかし理沙から直接話を聞いてみたい。これは逆にいい機会なのかもしれないと陽平は思った。
「大丈夫だよ。理沙ちゃんはいつならいいの?」
 少しの沈黙のあと、理沙の声がした。
「・・・今日は、ダメですか?」
 その声は、ほんの少しだけ震えていた。
posted by 夢野さくら at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 14番目の月
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