2009年01月24日

6

 サツキは理沙の瞳を正面から見つめ、話を続けた。
「理沙さん、あなたがお姉さんを思う気持ちは充分わかったわ。もしかしたらそれが麻子さんを助けることに繋がるかもしれない。でもね、人には家族であっても・・・ううん、家族だからこそ知られたくないことがたくさんあるの。それでも知りたいのなら覚悟がなければいけない。じゃないと、イヤな思いをするだけよ」
 そのちょっと突き放したような言い方に、理沙は一瞬躊躇した。しかしこのまま何も知らないでいることはできない。元の仲のいい姉妹に戻りたいのだ。
 理沙はゴクリを唾を飲み込むと、ためらいを押し隠して強く言った。
「大丈夫です。私は元のお姉ちゃんに戻ってほしいんです。そのためだったら、どんなことでもします」
 サツキは大きくため息を吐いた。
 この子は何も知らないお嬢さんなのだ。もちろん彼女の目のことは田島から聞いた。社会に出たことなど一度もないらしい。キレイな、美しいものしか知らないのだ。もしかしたらそれが、麻子を追い詰めた原因のひとつなのかもしれないとサツキは思った。
「元に戻ることなんてできないわ。できるのは前に進むことだけ。わかる?」
 サツキの言っている意味がわかっているのかいないのか、理沙は軽く眉間にシワを寄せた。
「知ってもあなたとお姉さんの仲が元に戻るわけじゃないの。逆に二度と埋まらない溝ができるかもしれない。その覚悟があるのかって聞いてるのよ」
 理沙は唇をギュッと結び、サツキの言葉を否定するようにジッと見つめた。
 この人は私とお姉ちゃんの関係を何も知らない。お姉ちゃんは私にとって何ものにも代えがたいかけがえのない存在だ。それはお姉ちゃんにとってもそうであったはず。埋まらない溝なんてあるわけがないのだ。
 理沙は少々ムキになって言った。
「大丈夫ですから言ってください。私は全てが知りたいんです」
「・・・わかったわ」
 サツキは覚悟を決めたように大きく息を吸い、それをはき出してから話し始めた。
「あたしが知っているのは、電話の男が言っていた噂の内容だけ。麻子さんがそれが原因で銀行を辞めたっていうのは、さっき始めて聞いたわ。・・・麻子さんは、愛っていう名前で『新宿メトロプラザホテル』のバーラウンジで男を誘っていたの。ありていに言えば、そこでつかまえた男の部屋に行って、セックスしてたってこと。それも毎回違う男と。もう何年も繰り返してたらしいわ。制服のように、いつも派手なピンクのミニドレスを着て、最初に声をかけてきた男について行った。それがどんなデブでも不細工でも、全くえり好みすることなくね。それが歌舞伎町界隈で噂になったの。メトロプラザのバーラウンジに行けば、ピンクのドレスを着たものすごくキレイな女とタダでやれるって。噂が広まって、いろんな男がバーラウンジを訪れるようになった。ホテルからしてみたらいい迷惑よ。そんなとんでもない噂がこれ以上広まったら、ホテルのイメージに計り知れない傷がつくでしょ? あそこはラブホテルじゃないんだから。で、ついに出入り禁止になった。これは歌舞伎町に詳しいある人から聞いたの。確かな情報よ。もしあなたが直接聞きたいと言うなら、いつでも案内するわ」
 全く言葉を挟むことなく、理沙は黙ってサツキの言葉を聞いていた。頭が真っ白になり、口を開くことすらできなかったのだ。
 まさか・・・ありえない・・・お姉ちゃんがそんなことするはずがない。
 理沙は否定の言葉を求めてつかさと美鈴に視線を移した。2人はあまりの居たたまれなさに理沙の視線を外した。
 その途端、理沙の視界が霞んだ。心臓が大きな手に鷲づかみされたかのように痛み、その痛みはどんどんと耐えがたいほどに高まっていった。
 苦しそうに顔を歪ませる理沙に、まるで追い討ちをかけるようにサツキが言った。
「このことは、あなたの婚約者である田島さんも知ってるわ」
 純也さんが・・・? なぜ? どうしてこの人が純也さんのことを知ってるの?
 喉に得体の知れない何かがつっかえ、スムーズに声が出ない。
 理沙はひしゃげたような、しわがれた声でサツキに尋ねた。
「どうして彼が、知ってるんですか?」
「あなたとお姉さんの仲を元に戻したくて、ひとりで麻子さんの家に行ったのよ。その時の成り行きで、彼は麻子さんのあとをつけるはめになった。そして彼女が男を引っ掛けているところを見ちゃったの」
 純也さんが、お姉ちゃんが男を引っ掛けているところを、見た?
理沙はすさまじいショックに顔を歪めた。ありえない。絶対にありえない。私の知っているお姉ちゃんはそんなことをする人じゃない。お姉ちゃんのことは私が一番よく知ってる。きっとなにかの間違いだ。この人たちは勘違いをしているんだ。純也さんだってそうだ。見間違いだ。たぶん・・・そうなのだ。そうに、決まってる・・・。
 理沙は壊れ出そうとする自分の心を保つため、必死で自分にそう言い聞かせた。
posted by 夢野さくら at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 14番目の月
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