2009年01月12日

4

 三友銀行本店前で、理沙は麻子の携帯に電話をかけた。案の定コール音のあとに留守番電話サービスセンターに繋がった。
 ため息を吐いて電話を切り、すぐさまもう一度かける。今度は三友銀行本店人事部人事課への直通電話だ。3回ほどコール音が続いたあと、若々しい女性の声が聞こえた。
「お世話になっております。三友銀行本店人事課の川崎でございます」
 三友銀行では、新人の電話研修の時必ず叩き込まれることがある。それはまず、最初に自分の部署と名前を名乗れということだ。
 理沙には川崎という名前に聞き覚えがあった。確か随分前に麻子から聞いたことがある。おっちょこちょいだけど可愛らしい新人が入ってきたというのだ。
 電話研修で名前を名乗れと言われ、「お世話になっております。三友銀行人事課のつかさでございます!」と張り切って答えたらしい。
「川崎さんにとって名前っていうのは下の名前のことで、苗字じゃなかったみたいなの」と、麻子は可笑しそうにクスクスと笑いながら教えてくれた。その後も麻子の話には度々川崎の名前が混じるようになった。もしかして彼女なら何かを知っているかもしれない。
 理沙はゴクリと唾を飲み込みオズオズと尋ねた。
「あの・・・申し訳ありません。川崎つかささんでしょうか?」
 戸惑ったような間のあと、つかさが怪訝そうに言った。
「・・・はい。そうですけどどちら様でしょうか」
「野村です。野村麻子の妹の、野村理沙と申します」
 電話の向こう側で、息を呑むような音が聞こえた。理沙はそれを聞いた途端、麻子が銀行を辞めたという昨日の電話は事実なのだと分かった。
「お願いです川崎さん、電話を切らないで下さい! あの・・・会っていただけませんか? 姉はいつ銀行を辞めたんでしょうか? 部屋にはしばらく帰ってないみたいなんです。姉が辞めた理由をご存知じゃありませんか? お願いです! 会って下さい。昨日家に変な電話がかかってきて私・・・」
 勢い込んで喋りすぎ、理沙は思わず咳き込んだ。咳をしていると涙も一緒に流れてきた。この隙に電話を切られたらいけないと、喉を詰まらせながらも話し続ける。
「お願いです。会っていただけ、ませんか? 今銀行の前、まで来てるんです!」
 しばらくの沈黙のあと、つかさは少しだけ声を落として言った。
「あと40分ほどで昼休みに入ります。このビルの正面を背にして、左に少し行くと『Well Cafe』という喫茶店がありますから、そこで待っててもらえませんか?」
「ありがとうございます! お待ちしてます」

 約50分後、つかさは美鈴を伴って理沙の待つ『Well Cafe』のドアを開けた。
 昼時ということもあって、『Well Cafe』は大層混み合っていた。
 お互いの顔がわからない状況で、おまけに携帯電話の番号も交換し忘れていた。困ったなぁとつかさがキョロキョロと辺りを見回していると、美鈴が奥まった窓際の席を指差した。
「いた。たぶん彼女だと思う」
 とても可愛らしい雰囲気の女性が、窓から外を見つめていた。
 麻子とは人に与える印象がまるで違うけれど、横顔には面影がある。細く小柄な身体を包むバーバリーチェックのワンピースがよく似合う。清楚で可憐なお嬢さんという雰囲気だった。
「お待たせしました。野村さんですよね。川崎です。こちらは先輩の浅倉さんです」
「すいません、一緒に来ちゃって。お姉さんにはとてもお世話になりました。浅倉美鈴です」
「こちらこそ突然尋ねて行って申し訳ありませんでした。野村理沙です、はじめまして」
 つかさと美鈴が一通り注文を済ませると、理沙は改まって2人に尋ねた。
「あの、姉が銀行を辞めたっていうのは本当なんでしょうか」
 つかさは美鈴と気まずそうに視線を合わせたあと、口を開いた。
「・・・2週間くらい前です。全然知らなかったんですか?」
「・・・はい・・・」
「先ほどお電話でおっしゃっていた、変な電話ってなんなんですか?」
 理沙は、つかさと美鈴に昨日の電話の内容を話して聞かせた。
「噂っていったいなんなのかおわかりですか? それが本当に姉が銀行を辞めた理由なんでしょうか? それから、電話の男は誰なんでしょう。電話の内容を考えると、銀行関係者だと思うんです。でも口の利き方に気を付けろとか、男をないがしろにすると痛い目に遭うとか、ただの仕事仲間とは思えません。わかることはなんでもいいですから教えていただけませんか? それと、姉が行きそうな場所ってどこかわかりませんか? ・・・私、どうしても姉に会いたいんです。会わなきゃいけないんです。教えてください! お願いします!」
 理沙はテーブルに額が付きそうなくらいに頭を下げた。
 突然降って湧いた大量の質問に、つかさたちは途方に暮れた。どこまで答えていいのか、それとも何も言わない方がいいのか・・・。
 ほんの少しの間のあと、美鈴がおもむろに口を開いた。
「あの・・・理沙さん。申し訳ないんですけど、ここでは詳しくお話しする時間もないし、銀行の人が来るかもしれません。なのでもしお時間がありましたら、今日の夜もう一度お会いできませんか? 野村さんがよく行ってた場所にお連れします。『紫頭巾』っていうオカマバーなんですけど・・・」
posted by 夢野さくら at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 14番目の月
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