2008年05月31日

6

 待合室の壁に掛けられた時計が7時25分を指した。『紫頭巾』の開店は夜の8時なので、いくらなんでも戻らなくてはならない時間だ。

「今日も先生には会えなかったわ・・・」と、サツキが診察室のドアを見つめてため息を吐いたその時、リリィが突然、ガラステーブルの上に置いた水晶玉を見つめて叫んだ。
「大変! ここ数週間以内に、先生に好きな人ができるわ。しかも彼女を巡って、何かとてつもないできごとが起こる・・・」
「何それ! 好きな女ってどういうことよ」
 リリィの占いを全く信じてないはずのダンボが声を荒げた。
先生に好きな人ができる・・・それはオカマたちにとって人生を左右する大問題である。そろそろ店にと立ち上がったサツキも、「どういうことなの?」と座り直す。
リリィは稀代の天才占い師よろしく厳かにこう言った。
「呼吸を整えて、水晶玉のここをよく見てちょうだい。かすかに濁って見えるでしょ?」
 サツキ以下3名は、鼻息も荒く深呼吸を繰り返し、目を限界まで見開くと、リリィが指し示す水晶玉の一部をジッと見つめた。
 ・・・何も見当たらない。リリィが指し示す場所だけが濁っているわけじゃない。かといって他の部分が特別に澄んでいるようにも見えない。つまりはどこを見ても同じように見えるのだ。
「どこよ。全然濁ってなんかいないわよ」
「ほらここよ、ここ。よく見てちょうだい」
 ダンボには、そんなリリィの言葉が段々空々しく聞こえてきた。
「気のせいよ。あ〜あ焦って損しちゃった。リリィの占いなんか当たるわけないんだった」
「待ってよダンボちゃん。あたしたちには見えないだけで、リリィちゃんにはちゃんと見えてるんだと思う。リリィちゃんの占いって本当に当たるのよ」
 マルコは身動きひとつせず、水晶玉を見つめながらそう言った。リリィご自慢の紫のモヒカンが嬉しそうに揺れる。
「最近『歌舞伎町のモヒカンリリィ』って言ったらあの辺では有名よ。占ってもらうために並ぶこともあるんだから」
 マルコはまるで自分のことのように自慢しつつ、水晶玉の濁りを探し続けた。

 つかさたちの乗ったエレベーターが3Fに着く。麻子の予約時間は7時半。ギリギリだがなんとか間に合いそうだ。急いで『新宿メンタルクリニック』のドアを開けると、そこには水晶玉に真剣なまなざしを送るマルコとリリィ、それを呆れたように見つめるサツキとダンボがいた。
「ヤダ〜! みんな〜偶然!」
 つかさが嬉しそうに大声を上げ、サツキたちに走り寄った。
「つかさちゃん! どうしたのよ」
「ママったら今日もメイク濃いね」
「あんたも似たようなもんよ」
 サツキはつかさにいつものツッコミを入れると、麻子たちにニコッと笑顔を向けて会釈した。
「ママ、こちら私の上司の野村朝子さん、そしてこちらが先輩の浅倉美鈴さんよ」
「まぁまぁ、はじめましてぇ。私こちらの隣のビルのB1でバー『紫頭巾』をやっております、サツキと申します」
 サツキはとびきりの営業スマイルで2人に名刺を渡した。
 つかさは結構いい給料をもらっているOLだ。『紫頭巾』にも2週間に一度の割合で通ってくるまあまあの上客。そのつかさの上司と先輩であるこの2人はもしかしたら・・・!
 麻子から手渡された名刺には「三友銀行 本店 人事部 人事課 課長」と明記されている。何とあの三友銀行の人事課長!  伸び悩む店の売上。その救世主に出会ったとばかり、サツキは満面の笑みを漏らした。
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2008年05月24日

5

 そろそろ夜の帳が下りてくる7時半少し前。
新宿三丁目駅C8出口から地上に上がると、ザワザワとした夜の活気がワーンと耳鳴りのように聞こえてくる。
 野村麻子は7時半に予約を入れた『新宿メンタルクリニック』へ向かい、急ぎ足で歩きはじめた。このクリニックは、最近眠れないと漏らした自分に、部下の川崎つかさが勧めてくれた病院だ。何でもつかさがよく行くゲイバー『紫頭巾』の隣のビルにあるらしい。

「本当にこの辺なの?」
 一緒について来た部下の浅倉美鈴が、案内役であるつかさに不安そうに尋ねた。
無理もない。ここは日本一のゲイタウン新宿二丁目。バー密集度としては世界一とも言われている。しかも時間が時間だけに、どんどん猥雑さを増してきたようだ。誰もがこんなところにメンタルクリニックなど存在するのだろうかと心配になるはずだ。

「もうすぐ着きます。あっ、こっちですよ。」
 不安そうな美鈴を尻目に、つかさはウキウキ状態だ。実はこのクリニックの院長が超二枚目なのだと、『紫頭巾』のサツキから聞いていたのだ。しかしメンタルクリニックなど、なかなか足を踏み入れる機会がない。そんな時、麻子に不眠の話を聞かされたのだ。

「ここですよ」
 つかさが指差したのは、いつ建てられたのかもわからない古い4階建ての雑居ビル。
美鈴の不安そうな顔が不信に変わった。こんな汚いところに、美形の先生などいるはずがないといった感じだ。
「本当にそんな格好いいの? ここの先生」
「本当らしいです。私も初めてなんですけどね」
「どう思います? 麻子さん」
「格好いいかどうかはどうでもいいんだけど、なんかちょっと緊張してきちゃったわ」
そんな自分に苦笑し、麻子はハァと息を吐いた。

 麻子たち3人が勤めるのは、日本4大銀行の一つである三友銀行。麻子はそこで、本店の人事課課長をしている。
実はこのことが、麻子の不眠とひどく関係があった。
 麻子が人事課長に出世したのは約2年前の33歳の時。それは行内をあっと言わせる驚きの人事だった。もちろん麻子にその資格がなかったというのではない。それどころか、入社当時からその仕事振りは評判だった。ただ日本の銀行の古い体質として、若い女性をそこまで出世させるのが異例だったのだ。
 当然それを妬む輩もいた。人事異動後しばらくして、行内でこんな噂が流れた。麻子の出世の本当の理由は、彼女の日本人離れしたその美貌にあるのではないか。
身長170cmを超える長身。クールで切れ長の瞳と、ポテッとした唇が印象的な美しい顔立ち。その美貌を、彼女は大いに利用したのではないか。
麻子の仕事振りを知らない人間が聞けば、さもありなんとうなずいただろう。

 あれから2年、根も葉もない噂は消えたが、麻子には大きな後遺症が残ってしまった。人事課長という役職に見合う仕事をしなければ、また何を言われるかわからないという強いプレッシャー。その結果、自分は不眠症になってしまったのだと麻子は思っていた。

「やっぱりメンタルクリニックって、何だか怖いわね」
「大丈夫ですよ、野村さん。格好いい先生が診てくださるんですから、安心してください」
 わかったようなわからないような慰めをしつつ、つかさは腕時計を見た。あと数分で予約時間の7時半となってしまう。
「大変。時間ですよ」
 つかさは狭いエレベーターに麻子と美鈴を押し込み、3Fのボタンを押した。

 『新宿メンタルクリニック』では、今日も4人のオカマたちが暑苦しく群れていた。本当なら、そろそろ店を開ける準備をしなければいけない時間なのだが、今日はまだ一度も陽平の姿を見ていない。何となく立ち去りがたく、グズグズと待合室のソファに座り続けるオカマたちだった。

 こんなに先生に会えないのは、絶対看護師・本島由紀の妨害に違いないとマルコは決めてかかった。「先生を無理矢理診察室に押し込んで、仕事の山を押し付けているんだわ。いかにもあの女がやりそうなこと。ああ、いますぐ2階へさえ上がれたら!」何てことを考え、由紀への怒りに震えるマルコだった。

 やりたい放題しまくってる観のあるオカマたちではあるが、実はキチンとしたルールを決めている。
1、何があっても、クリニックで先生のお仕事のお邪魔はしないこと。
2、患者しか上がれない診察室には行かないこと。
3、待合室でも無理矢理チューをせまらないこと。
4、服を脱いで抱きつかないこと。

 サツキの考えた「先生にご迷惑をおかけしないための4ヶ条」は、彼らなりにキッチリ守っているのだ。
だから決して2階には上がらない。そのため陽平の姿を拝むには、陽平自身に下に降りてきてもらう必要があるのだ。
せまりくるタイムリミットを感じながら、マルコは待合室をウロウロと歩き回った。
posted by 夢野さくら at 01:28| Comment(0) | 14番目の月

2008年05月17日

4

苦しい・・・。
私はベッドサイドで両膝を抱えてうずくまり、早く早くと叫ぶ心臓の音を聞いていた。
ふと外を見る。カーテンを開け放した窓から見える夜は、闇がますます濃く、ねっとりと濃度を増している。星は全く出ていない。ぬばたま色とでも言うのだろうか、まるで私の心のように穢れた漆黒の闇が、プカプカと空に浮んでいるようだ。
こうやっていると、どんどん現実感というものがなくなってくる。私は今日会社に行ったのだろうか、ちゃんと仕事をこなせたのだろうか。・・・当然知っていてしかるべき一日の記憶さえも、徐々に空ろになってくる。
・・・今は何時なんだろう。もうそろそろ寝なくてはと思うけれど、一人でベッドに入ることがどうしてもできない。そんなことをしたら、空虚さと焦燥感に押し潰され、気が狂ってしまいそうだ。

・・・身体の震えが強くなってきた。欲しい・・・どうしても今欲しい・・・。ここ数日間耐えに耐え、この衝動と必死に戦ってきたけれど、今日はもう戦いに勝つのは無理なんじゃないだろうか・・・。
というより、どうしていつまでもこの部屋にうずくまり、身体の震えと苦しさに耐えなければいけないんだろうと思う。

―――外に行けばいいじゃないか。そうしてこの辛さから救ってくれる唯一の方法を・・・セックスをすればいいじゃないか。何を迷う必要がある。セックスさえすれば、今の苦しさや身体の震えもなくなるし、お前を必要としてくれる男が現われて、その空虚な部分を激しく突いてくれる。その快感を思い出せ。充足感を感じろ―――

私を誘う悪魔が、何度も何度も耳元でささやく。ふいに私の空虚な部分から、トロッとした液体が溢れ出した。慌てて両膝をギュッと抱え、これ以上流れ出ないようにと力を入れる。でも一度堰を切ってしまったものは、乾くことを知らない泉のように、次から次へとトロトロと湧いて出た。
窓際に置いたテレビから漏れ聞こえる、深夜のバラエティー番組のにぎやかな声。それが現実の音であることは充分わかっているけれど、まるでリアリティーを感じない。

―――外へ行け。セックスをしろ―――

悪魔のささやきはますます現実味を帯びて大きくなっていく。これこそが唯一の、真実の声なのだと、私の身体の空虚な部分を熱く燃え立たせ、激しくせきたてる。

怖い・・・もうダメだ。このささやきに従ってしまいそうだ。

・・・・・・ダメだ、いけない・・・・・・

遠くの方で、必死に私に訴えかける声が聞こえたような気がするけれど、それはあまりに頼りなく、あっという間に消えていくシャボン玉のように儚げだった。

―――外へ行け。セックスをしろ―――

悪魔の声がどんどん大きくなっていく。私は膝を抱えてギュッと目を閉じ、両手で耳を塞いだ。しかしすでに頭の中に進入してしまったその声は、耳を塞ぐことによりより一層強くなった。そしてすぐさまこの声に従うのだと命令していた。

息がどんどん荒くなり、呼吸が浅くなっていく。気持ちが悪い。世界が揺れる。押さえても押さえても身体の震えが止まらない。誰か助けて!

身体を抱えていた手を緩める。力なく床に片手を付き、私はゆらりと立ち上がった。
途端一時(いっとき)止まっていた液体が、タラタラと流れて足を伝った。何者かに操られるようにパジャマのズボンを脱ぎ、ジットリと濡れてしまったショーツを剥ぎ取る。私はそのままの格好でクローゼットへ向かい、外出のための衣装を取り出した。
posted by 夢野さくら at 13:23| Comment(2) | 14番目の月

2008年05月10日

3

「当然ご存知だと思いますけど、うちはメンタルクリニックなんですよね」
 『紫頭巾』最大の敵である看護師の由紀は、最近徐々に患者数が減っている現状を、『紫頭巾』の濃〜いオカマたちのせいであると決めつけている。

何といってもここはメンタルクリニックだ。精神的にストレスを抱えた患者がやってくる場所なのだ。
そんなクリニックに、化け物ZONEに両足を踏み入れたオカマが4人、毎日にようにたむろしているのだから、由紀の気持ちもわからないではない。

だが困ったことに、オカマを駆逐するために最大限役立つであろう当の陽平が、「お隣さんなんだから仲良くやろうよ」なんてことを言っているのだ。当然オカマたちは、その言葉を笠にやりたい放題。
勤め始めた当初、由紀は真剣に、陽平はそっちの組合の人なのでは? と疑っていた。しかし徐々に陽平の人柄を知っていくうちに、単に人が良いだけ(頭にバカがつくほどに)なのだとわかった。

 顔は由紀が見ても二枚目だと思う。笑った顔はちょっと坂口憲二似だなぁとも思う。ファッションも「精神科医=ちょっと変わった暗い人」という一般のイメージを覆す爽やか系。
 なのにいつまで経っても彼女ができない。顔が二枚目で性格も良く、爽やかでおまけに医者。全ての条件が揃っているにも関わらず、陽平に集まってくるのはオカマだけ。
 オカマが集まれば集まるほど女性は寄ってこないしクリニックは寂びれる。このままいったら由紀に給料が払われなくなる日がくるかもしれない。
 由紀にとって、自分の生活を脅かすほどの敵、それはこのオカマたちなのだった。

 今日こそはこのバカ騒ぎを止めさせるのだとの固い決意をみなぎらせ、由紀は思いっきり嫌味っぽく言い放った。
「もう一度言いますけど、ここはメンタルクリニックなんです。患者さんにとって、あなたたちみたいな人がいるとストレスが倍増するんです。わかります?」
「あ! 今オカマを差別したわね」
 すかさずマルコが言った。
 オカマは喋りの腕で食べていると言っても過言ではない。普通なら完全に聞き逃すであろう言葉の端をサッと捉えて揚げ足を取り、マルコは反撃を開始した。
「あなたたちみたいな人って、今確かに言ったわよね。これは完全にあたしたちを、オカマという種類にわけて差別したのよ。あーあ、そういう差別発言って、精神医療の現場に携(たずさ)わる者としてどうなのかしらぁ?」

 ムカつく!
 由紀はその思いを如実に顔に出した。ああでもないこうでもない。何を言ってもめげずに反撃し、自分たちの意見を押し通そうとする。
 由紀にはオカマを差別する気持ちなど毛頭ないが、『紫頭巾』のメンバーを差別する気は満々だ。
 両者が一歩も引かずににらみ合う。
 約3分が経過した頃、待合室での争いを知る由もない陽平がカルテを見ながら降りてきた。
「本島君、ちょっといいかな」
 オカマたちは、すかさず由紀を押しのけ陽平に群がった。
「あらぁ! 先生〜」
「サツキさんたち、またいらしてたんですか」
 陽平はニコッと微笑み、爽やかさを増幅させる真っ白い歯を覗かせて言った。
 この笑顔にオカマたちはメロメロ状態。先ほど由紀とタイマンを張っていた連中とは思えないほど、一瞬にしてふにゃ〜と顔と腰が崩れていく。その様子は、塩をまかれたナメクジのようだと由紀は思った。
 
 サツキが、すかさず陽平に擦り寄りながら言った。
「センセ〜、どうして全然お店にいらしてくださらないんですかぁ」
「お隣さんのよしみで大サービスいたしますわ。・・・当然身体を使ったサービスも準備万端よ。寂しい時にはいつでも言ってくださいね」
 ダンボの言葉にギャーッと盛り上がるオカマたち。あまりに露骨な弾丸アタック攻撃に、さすがの陽平も苦笑している。
「早速今日はいかがですか? 何かご予定あります? ないんでしたらぜひぜひぜひぃ!」
 陽平は答えに詰まり、由紀に助けを求める視線を送った。しかし由紀は、自業自得なのよとそっぽを向いた。

 その時診察室と受付の電話がほぼ同時に鳴った。由紀が受付の受話器に手を伸ばすと、陽平が慌てて言った。
「いいよ本島君、上で取るから。多分武藤だと思うんだ。すいません、ちょっと失礼します」
 陽平はホッと胸を撫でおろすと、追いすがるオカマたちを必死に振り切り、急いで階段を上がっていった。
posted by 夢野さくら at 18:56| Comment(0) | 14番目の月

2008年05月04日

2

「リリィちゃん! 聞いているの?」
 いつの間にかリリィは居眠りをしていたらしい。
 昨晩1人のキャバ嬢の将来を左右する占いで適当なことを言ってしまった。罪悪感から昨夜はほとんど眠れなかったのだ。
 
 リリィは一瞬ここがどこなのかもわからず、キョトキョトと周りを見回した。

 ドアや家具など、全てにマホガニー材を使った落ち着きのある部屋。天井が高くメゾネットになっている。
リリィが座っているのは、部屋の中央に置かれた値段の張りそうなこげ茶のソファ。目の前のガラステーブルの上には、昨日も使った水晶玉が置かれていた。

 ああそうだ。ここは『紫頭巾』じゃない。『新宿メンタルクリニック』だ。みんなで開店前に、クリニックの超二枚目医師、陽平先生を見に来たんだ。

 リリィの両サイドには、『紫頭巾』のメンバーが、まるで自分の店の控え室であるかのようにリラックスして座っていた。
 リリィの右隣には、『紫頭巾』のママ・サツキ47歳。おてもやんのようなピンクの丸い頬紅が特徴で、ドラえもんのような太目の身体を紫の着物で包んでいる。
その隣はチィママ・ダンボ40歳。金髪のベリーショートでレッド系の口紅がトレードマーク。豹柄好きで、いつもスケスケ紫豹柄のブラウスを着用している。
 リリィの左隣には、寝ぼけまなこのリリィをさっきから心配そうに見つめているマルコ27歳。ファッションは渋谷ストリート系もどき。メインカラーはもちろん紫。最近お気に入りのTシャツは、背中に「FUCK YOU」の文字入り。迷彩、花柄、水玉と、柄を変えて数十枚持っているらしい。

「昨日占いの日だったんでしょ? 全然寝てないの?」
あ〜あと大口を開けてアクビをしつつ、リリィがコクンとうなずいた。
リリィもすでに32歳。週3回の徹夜が辛いお年頃になっていた。

「あんたまだ占い屋なんてやってるの? あんたの占い全然当たんないじゃないの。よくお客に文句言われないわね」
「ダンボちゃん、口紅塗りながら喋っても何言ってるのか全然わかんないわよ。喋るんなら、私のように頬紅を塗りながらにしなさいな」
 ママのサツキが、懲りずに頬紅を塗りたくりながらわかるようでわからない注意をし、手鏡に向かい頬紅の出来を確かめるようにニタッと微笑んだ。
「ママ、その頬紅どこで買ったの? 発色が最高ね」
「ダンボちゃんこそ、その口紅超似合ってるわ」
「ねぇねぇリリィちゃん、先生好みのTシャツって何柄だと思う? 占ってくれない?」
「OKよ! マルコちゃん。水晶玉のお告げによると・・・癒しをテーマにした動物柄だって出てるわ。ほら先生は精神科医だものね」
「じゃあ明日にでも買ってくるわ! 癒しの動物っていったらやっぱりイグアナよね。あののっそりとした動きが心を和ませるものね」

 うるさい・・・。はっきりいってうるさすぎる。しかしこのオカマたちは、この大騒ぎを毎日のように繰り広げているのだった。

「うるさいんですけど」
診察室へ上がる階段途中から、背筋が凍りそうなほど冷たい視線でオカマたちを見下ろしている女がいた。
『新宿メンタルクリニック』勤続5年目の看護師、本島由紀だ。
怒り心頭といったようすで、「ここがどういう場所なのかわかってんのかよ!」と今にも怒鳴り出しそうな勢いだ。
オカマたちは由紀のことを、陽平先生へたどり着くための史上最大の敵と見なしている。まるでせ〜ので呼吸を合わせたように、全員でキッと由紀を振り返った。
posted by 夢野さくら at 12:45| Comment(0) | 14番目の月