2008年04月26日

第1章 1

眠らない街、新宿歌舞伎町深夜3時半過ぎ・・・。
占い師リリィは、仕事帰りのキャバ嬢の手を、ジッーと穴が開くほど凝視していた。
「リリィ先生・・・私と彼、本当に結婚できるんでしょうか?」
厳かに響く低い声で、リリィはキャバ嬢とその彼氏の生年月日を尋ねると、おもむろに水晶玉を見つめはじめた。

『歌舞伎町のモヒカンオカマ・リリィ』の異名を持つこの占い師は、その名のとおり紫のモヒカン頭をしたオカマである。本業は日本一のゲイタウン・新宿二丁目にある、ゲイバー『紫頭巾』のホステスだが、長年の趣味が高じ、数年前から恋愛専門の路上占い屋を開いている。営業は月・水・金の深夜2時半から。場所は新宿コマ劇場裏手のラブホテル街入り口だ。モヒカン&オカマ&いつでも浴衣というギャグのような風貌ながら、一問につき¥500というロープライスも受けてなかなかの盛況ぶりだ。

「先生・・・どうですか?」
 キャバ嬢は、水晶玉を凝視するリリィに懇願するように尋ねた。
リリィは糸のような細い眼で彼女の瞳をジッと見つめ、威厳に満ち溢れた野太い声でこう言った。
「これから言うことは、あなたにとって辛い結果かもしれませんが、それでも聞きたいですか?」
 キャバ嬢はゴクリと唾を飲み込む。
「覚悟はできてます。大丈夫です。おっしゃってください」
「わかりました。・・・あなたと彼は、結婚出来ます。・・・ただ・・・」
「ただ?」
 おもむろに次の言葉を繋ごうと口を開いたリリィの視界に、ひとりのパンチパーマが飛び込んできた。山崎会系暴力団仁科組の若頭・里山仁平だ。
「よぉリリィ。やってるな」
「やだぁ、里ちゃんじゃないのぉ! 最近全然姿が見えないから、どうしちゃったのかって心配してたのよぉ」
リリィは突然デレッとした笑みをたたえて立ち上がり、里山の腕に自分の腕を絡ませた。
「いやぁ、すまねかったな。田舎のオヤジが急に入院してしまってよ」

里山は東北は秋田の出で、その方言丸出しの人の良さそうな口調や、面倒見がよく任侠道に徹する姿勢など、ここらで商売をしているやからから大層好かれていた。

「入院? それは大変だったわね。お父さん大丈夫なの?」
「ああ、たいしたことはねぇ。心配かけてすまねかったな」
「そんなの全然いいのよぉ。里ちゃんが元気で戻ってきてくれたんなら、あたしにはそれだけで十分」
「ありがとな、リリィ。他のみんなにも心配かけてしまってよ。これからみんなに」
「あのぉ・・・まだですかぁ・・・」
 2人に向けられたその声は、リリィにすっかり存在を忘れさられてしまったキャバ嬢だった。一番聞きたいところで突然占いを中断されてしまったキャバ嬢は、里山を恨みがましく見つめている。
「おお。悪かったな、ネェちゃん。ほらリリィ、仕事の途中だったんだべ。お客さ、待ってるでねぇか」
「いじわるぅ。あたしにとって、何が一番大事なのか知ってるくせにぃ」
「いいかリリィ。俺は仕事を中途半端に投げるやつは大嫌いだ。ほかにも挨拶にいかねばダメなところがあるからな、仕事がんばるんだぞ」
 里山はリリィの肩をポンと叩き、キャバ嬢に軽く会釈をすると、悠然と歌舞伎町のホテル街に消えていった。
「格好いい、里ちゃん・・・。ねぇ、そう思わない?」
 里山の後姿をうっとりと見つめるリリィに、呆れたような視線を浴びせかけるキャバ嬢。
「そんなことより、さっきの占いの続きをお願いします。ただ・・・なんですか?」
「そんなことよりって、あなたそれは里ちゃんに対して失礼よ。里ちゃんって人はね」
「リリィ先生!」
「・・・わかったわよ。続きね。続きを言えばいいんでしょ」
 ほんのちょっぴりふて腐れながらも、リリィは大きく深呼吸をし、「ただ・・・」と言ってキャバ嬢の瞳を覗き込んだ。
「ただ? ただなんですか?」
「・・・・・・」

リリィは突然、力強くキャバ嬢を見つめていた視線を、スッと斜め下に逸らした。とんでもないことに気付いてしまったのだ。リリィはこのあと、自分が何を言おうとしていたのかまるっきり忘れてしまっていたのだ。
フル回転で頭を巡らせてみても、占い師モードに切り替えても「結婚はできます」と言ったこと以外カケラも思い出せない。
まずい・・・これは非常にまずい。まさかもう一度やり直させてくださいとも言えないし、忘れちゃいましたとも言えない。

リリィは大混乱に陥りながら必死に威厳を取り繕い、コホンとひとつ咳払いをした。
「あなたにとって辛い結果が出た、それでも聞きたいかと私は言いましたね。・・・あれは・・・あれは嘘です!」
 は? という顔でキャバ嬢はリリィを見つめた。当然のことながら、今言われた言葉の意味が理解できない。
「嘘? と言いますと?」
「あれはあなたの結婚に対する決意を推し量るため、わざと言ってみたのです。するとあなたは、辛い結果でも聞く覚悟はできていると言いました。私はそれを聞きたかったのです! その覚悟さえあれば、将来何があっても大丈夫。私が保証します。きっと彼と2人で幸せな家庭を作っていけるでしょう」
 キャバ嬢は疑いのこもったまなざしをリリィにぶつけた。リリィはその視線に必死に耐え忍び、威厳を保ち続けた。

・・・約1分が経過した。キャバ嬢は突然満面の笑みを浮かべると、リリィの両手を硬く握った。
「ありがとうございます! これで心置きなく彼を信じ、結婚できます。先生! 本当にありがとうございました」
 キャバ嬢は天にも昇る心地で、スキップをしつつ深夜の歌舞伎町の街へと消えていった。
posted by 夢野さくら at 19:08| Comment(0) | 14番目の月

2008年04月20日

プロローグ

またやってしまった・・・。
『こんなことはもう止めよう。何があっても我慢するんだ』
数日前にそう誓ったばかりだというのに、私の横には見知らぬ男が、すやすやと安らかな寝息を立てている。心の底から、身体の奥から、すさまじいほどの後悔が襲う。もう2度と会うはずもない男。名前も知らないし連絡先も知らない。男は私の携帯番号を聞きたがったけど、教えるつもりは毛頭ない。

 昨日の夜、歌舞伎町の入り口に、まるで門番のようにそびえたつ新宿メトロプラザホテル25Fのバーラウンジで、私はひとりで飲んでいた。
着ているものといえば、背中が深く深く開いている濃いピンク色のミニワンピース。薄暗がりのバーラウンジで男を引っ掛けるには、胸を強調する服よりも、思わず抱きつきたくなるような白い背中を見せてやる方がいい。これはここ数年間の経験で導き出した結論だ。

 そんな私に、あわよくばといった体(てい)で声をかけてきたのが、今隣に寝ているこの男。
「お、おひとりですか?」
オズオズとそう声を掛けてきた。私は男をじらすようにゆっくりと振り返る。
そこには、30代後半くらいの小太りの男が立っていた。
できる限り細く見せようとしてなのか、黒いストライプ入りのチャコールグレーのスーツを着ている。
取り立てて趣味が悪いということもなければ、センスがいいというほどでもない。顔も不細工というわけじゃないけれど、小さい目鼻立ちがどこか田舎臭い雰囲気を漂わせている。

 男は私の顔を見た途端ハッとしたように息を呑み、すぐさま満面の笑みをたたえてこう言った。
「ご迷惑じゃなければ、ぜひ一杯ご馳走させてください」
私はそれに、ニコッと笑ってうなずいた。

 有頂天になった男は、ウキウキと隣のスツールに腰掛ける。
岡山から東京に2泊3日の予定で出張に来ているのだと言いながら、男はワンピースから覗く私の足をしげしげと見つめ、感嘆したようにこう言った。
「おキレイですねぇ・・・。モデルさんかなんかですか?」
その質問にも声を出さず、誘うような笑みを浮かべて首を横に振る。すると男は、もうこの後の展開を想像したように、ゴクリと唾を飲みこんだ。
 
 その顔を見た途端、私は『ああ・・・よかった。これでセックスができる』と思った。
セックスさえできれば、この胸をかきむしりたくなるほどのイライラ感、頭を抱えてうずくまりたくなるような焦燥感を一気に払拭できるのだ。

 私はもう一刻も猶予がないと訴える身体の震えと、『いいから早くここで抱いて!』と口走りそうになる心をなんとか沈め、男が誘いの言葉を口にするのを辛抱強く待った。

 男が泊まっているのは23階だと言う。そこへはたった2階降りるだけでいいのに、部屋に到着するまでの時間が永遠のように感じ、我慢の限界に達しそうな身体はブルブルと震えている。私ははやる気持ちを必死に押さえ、鍵を開ける男の手つきをジッと見つめた。

 部屋に入ると、シャワーを浴びればと言う男の勧めも断わり、身体にピタッとあったミニワンピースと、ブラックレースの上下の下着を引きちぎるように脱ぎ捨てた。
その大胆な行動に男はちょっと戸惑ったけど、目の前にある私の引き締まった細身の身体を見た途端、そんな戸惑いもあっという間に吹き飛び、太った身体を包むスーツを必死になって脱ごうとした。

 窓の外には、新宿新都心の夜景がまばゆいばかりに輝いていたと思うけれど、私にはそれを美しいと感じる心の余裕などない。とにかく一刻も早くこの男に抱かれなければという思いだけが、私の心を支配していた。

 うわずった声で男が聞く。
「名前は?」
「・・・愛」

 男はスーツ、ネクタイ、シャツ、靴下と順に脱いでいき、最後のパンツに手がかかった時、
「愛ちゃん、マジでキレイだよ。本当に俺なんかでいいの? 本当にいいの?」
と心配そうに小さな瞳で瞬きを繰り返した。
私はじれったさで気が狂いそうになり、
「いいから早く脱いで!」
とイライラしながらせきたて、男をベッドに押し倒した。

 私がほしいのは、優しい前戯でも甘ったるい言葉でもない。とにかく私の空虚なあの場所に、男のモノを突き立ててほしいだけなのだ。身体が壊れるまで、悲鳴を上げるまで、何度も何度も突き立ててほしいのだ。そうすることだけが、私を不安と孤独から救ってくれる。生きてるという実感を、ここにいていいんだという安らぎを与えてくれる。

 「愛ちゃんいいよ。すごくステキだ。キレイだよ、本当にキレイだ。ああ・・・」
男は私の身体を撫で回し、胸をまさぐりながらそう言った。
もう限界だ! これ以上待てない。
「早くきて! もう我慢できないの。早く、早く!」
私は自分の空虚な場所を指差し、指示を与える。男は待ってましたとばかりに、最初はゆっくりと、そしてどんどんと加速度を増して、自分のモノを突き立て始めた・・・。
posted by 夢野さくら at 14:49| Comment(0) | 14番目の月